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【滑車型耳飾り】縄文時代の耳飾り、繊細で優美な装飾にびっくり!

縄文時代の「滑車型耳飾り」が話題になっています。土で作ったとは思えない繊細な作り込みに関心してしまいます!

学問・教養
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まとめ

縄文時代というと、火焔型土器のダイナミックな造形や、土偶のデフォルメされた表現を想像するが、縄文晩期に関東周辺で作られた耳飾を見ると、イメージがガラリと変わる。「これ、土製なの?」と思うほど繊細で優美だ。(縄文時代って1万年余りと長いし、初期と晩期では技術も全然違うし) pic.twitter.com/n7v9UUgHMJ
@raizou5th 美しい。生活と心に余裕がなければこの造形は生まれないですね。
@s_kajita これが一つだけというわけではなく、同様の造形のものが長野や東京、群馬などで出土しています。もう少し簡易な耳飾になると、万単位で出土する地域もあります。交易が広く行われ、食だけでなく、身なりにも重きをおいていた、それなりに豊かな暮らしをしていたということになると思われます。
@s_kajita 訂正。万単位→百単位です。それでも多いと思います。
@raizou5th 素敵な意匠ですね。シルバーかゴールドにしてミュージアム・ショップで売り出されたら、絶対に買っちゃいます。
@CordeliaFAnne 大きさが10センチほどあるので、実際は重たかったとは思います。サイズダウンして、貴金属の耳飾りなら良いですね。群馬県の吉岡町に「耳飾り館」という町営の博物館があるのですが、そこまでおいていなかったかな?
@CordeliaFAnne すいません、吉岡町ではなく榛東村でした。訂正いたします。
@raizou5th はじめまして。縄文のウェブサイトを運営している小林と申します。
この耳飾りはクルミの殻を縦割りにしたものによく似ています。縄文人のイメージの深さにはいつも驚かされます。 pic.twitter.com/450WKZPfyT
@chiporo52tk こんにちは。私もこの造形は何をモチーフにしているのかと不思議でしたが、なるほどそっくりですね。当時の工房と考えられる遺跡では、地域が離れているのに同じデザインのものが出てきます。交流があったというだけでなく、この形に何かしらの意味があったと考えられるのではないでしょうか。
@raizou5th 呪術的な意味合いは想像するしかないのですが、土器文様は家紋のようなものだという考え方があります。耳飾りも同じように、付けているだけで○○地域の人だとか、○○村から嫁に来た人だ、と判別する意味合いもあったかもしれません。
@chiporo52tk ネイティブアメリカンのトーテムみたいなものでしょうか?耳飾を作っていたと思われる群馬県桐生市の千網谷戸遺跡と、同県榛東村の茅野遺跡で、この形状の耳飾は出土しています。直線距離でも30キロ以上離れていますし、八王子や長野で出土している事を考えると、大変興味深いですね。
@raizou5th 個人的にはトーテムに近い概念だと思います(専門家ではないのであまり適当なことは言えませんが…)
想像できるのは「嫁入り」することで、特定の地域との流通ルートが開発されることですね。山中から海水魚の骨が出てきたりしますし、物も人も現代人の想像以上に動いていると思います。

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