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哲学者レヴィナスが大好きな人たち!

フランスの哲学者「エマニュエル・レヴィナス」が大好きな人たちのつぶやきです!みんな難しくて私には何を言ってるのかよくわかりません・・。

学問・教養
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まとめ

レヴィナスに興味がある。
レヴィナスの主著『存在の彼方へ』を少しずつ読んでいる。この本を「わかる」ことは当然のことながらできていない。でも、ほとんど理解できないにもかかわらず、読むことが愉しさに溢れていて、読んでいてワクワクする。
むかし『倫理と無限——フィリップ・ネモとの対話』(筑摩書房、ちくま学芸文庫)という本を読んだことがあるのだけれども、けっきょく読んでもなにがなんだか分からなかったのですよね。レヴィナス~
知りたいことは多いけどとっかかりがつかめない レヴィナスはやっと輪郭に触れたけどそこから派生してデリダとかハイデガー読もうとすると何にもわからなくなる 先に全然進めない
レヴィナスはいつも優しい。基本的に何言ってるかわかんないけど、いつも開かれた扉の前で「どうぞ」って言ってる。気がする。
レヴィナスの言葉を思い出す。「私には時として、哲学のすべてがシェイクスピアを考察することに過ぎない、と思われることがよくある」という例の一節を。その通りなのだ。この「恋という戦い」は、既に『ロミオとジュリエット』の中で描かれているではないか。
「被抑圧民族、被差別者、そして被害者、患者、サバルタン、難民……レヴィナスは、そんな人間が、自分のために生きる私たちに向ける姿を〈顔〉と呼ぶ。自分のために生きる私たちが、そのために生きたいと願う相手を〈他者〉と呼ぶ。顔を向き合わせて共に生きたいと願う相手を〈他人〉と呼ぶ」
差別問題を徹底して論理で語れと絓秀実が言ったのは、あらためてそう言われるとハッとするけど、じっさいその通りだ。差別は力学的関係に還元できる。ただレヴィナスが《顔》ということで語ったことは、論理じゃない。そこが難しい。
ポピュリズムでは「他者」を「気」にしないことが主体的に選ばれてしまう。リベラルな「思い」から批判に終始していれば足りるわけではないのだ。ファシストの「思い」に抵抗することもなく、「他者」が「気」になってもいないのに、リベラルを気取る偽善性が問われているのではないか? #レヴィナス
『GQ』の原稿仕上げて送稿。これからの「正義」はどういうかたちのものになるのかという話。レヴィナス先生が教えられている通り、正義が過剰に正義であることをたわめるのは「惻隠の情」です。それは生身の人間の弱さや愚かさや邪悪さに対する「一掬の涙」のことです。
レヴィナスが知の巨人だろうと愛の体現者だろうとそんなことはどうでもよくて人間は飯を食いよく眠り人を愛さないと生きていけないんだぞ…

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